弥生坂 (ヤヨイザカ)

nishifu | 2014/7/30 12:17
写真登録: nishifu
弥生坂(やよいざか)(鉄砲坂)

『 かつて、このあたり一帯は「向ヶ丘弥生町」といわれていた。元和年間(1615~24)の頃から、御三家水戸藩の屋敷(現東大農学部、地震研究所)であった。隣接して、小笠原信濃守の屋敷があり、南隣は加賀藩前田家の屋敷(現東大)であった。
 明治2年(1869)これらの地は明治政府に収公されて大学用地となった。明治5年(1872)には、この周辺に町屋が開かれ、向ヶ丘弥生町と名づけられた。その頃、新しい坂道がつけられ、町の名をとって弥生坂と呼ばれた。明治の新坂で、また坂下に幕府鉄砲組の射撃場があったので、鉄砲坂ともいわれた。
 弥生とは、水戸徳川斉昭侯が、文政11年(1828)3月(弥生)に、このあたりの景色を詠んだ歌碑を、屋敷内に建てたからという。
  名にしおふ春に向ふが岡なれば 世にたぐひなき花の影かな
    徳川斉昭』
文京区教育委員会の標識(平成11年3月)より。

別名: 鉄砲坂
距離: 287m | 高低差: 8.32m
東京都 文京区 根津一丁目 1-13
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コメント (1)

nishifu
東大の脇にあるため、人どおりが多い坂でした。
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