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今井坂(新坂)

nishifu | 2012/9/4 21:33
写真登録: 坂道 | nishifu
今井坂120808文京区-今井坂-坂下P1060524120808文京区-今井坂-坂上P1060520
今井坂(新坂) 文京区春日2丁目7番と8番の間
 『改撰江戸志』には、「新坂は金剛寺坂の西なり、案に此坂は新に開けし坂なればとてかかる名あるならん、別に仔細はあらじ、或はいふ正徳の頃(1711~16)開けしと、」とある。新坂の名のおこりである。
 今井坂のおこりは、『続江戸砂子』に、「坂の上の蜂谷孫十郎殿屋敷の内に兼平桜(今井四郎兼平の名にちなむ)と名づけた大木があった。これにより今井坂と呼ぶようになった。」とある。
 この坂の上、西側一帯は、現在財務省の宿舎になっている。ここは徳川最後の将軍、慶喜が明治34年(1901)以後住んだところである。慶喜は自分が生れた、小石川水戸屋敷に近いこの地を愛した。慶喜はここで、専ら趣味の生活を送り、大正2年(1913)に没した。現在、その面影を残すものは、入口に繁る大公孫樹のみである。
    この町に遊びくらして三年居き寺の墓やぶ深くなりたり(釈 超空)
        (この町とは旧金富町をさす)

文京区教育委員会 平成13年3月

坂-shaka 今井坂 【文京区】 に掲載の写真から書き起こし。
http://blogs.yahoo.co.jp/satoshebeb/...

別名: 新坂
距離: 123m | 高低差: 11.25m
愛称: 新坂
東京都 文京区 水道一丁目 6-14
緯度:35.710630 経度:139.741080
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中坂(仲坂)

nishifu | 2013/5/9 06:23
写真登録: nishifu
130105文京区-中坂-坂下P1060788130105文京区-中坂-坂上P1060791
中坂 湯島三丁目21と29の間

 『御府内備考』に、「中坂は妻恋坂と天神石坂との間なれば呼名とすいふ」とある。
 『新撰東京名所図会』には、「中坂は天神一丁目四番地と五十四番地の間にあり。下谷区へ下る急坂なり。中腹に車止あり。中坂とは妻恋坂と天神石坂との間なれば斯く(かく)名く(なづく)」とある。車の通行が禁止され歩行者専用であった。

ぶんきょうの坂道(東京都文京区教育委員会社会教育課編、発行、昭和55年7月1日第二刷)より。

別名: 仲坂
距離: 171m | 高低差: 9.11m
愛称: 仲坂
東京都 文京区 湯島三丁目 25-11
緯度:35.706560 経度:139.769829
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奴坂

nishifu | 2013/5/18 14:37
写真登録: nishifu
130105港区-奴坂-坂下P1060873130105港区-奴坂-中腹から坂上方面P1060874130105港区-奴坂-坂上P1060875
奴坂

 竹ヶ谷(たけがやつ)の小坂で谷小坂、薬王坂のなまりでやっこう坂、奴が付近に多く住んでいた坂の三説がある。
http://www.city.minato.tokyo.jp/kyou... )
距離: 65m | 高低差: 6.51m
東京都 港区 南麻布三丁目 4-14
緯度:35.650154 経度:139.730467
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目白新坂

nishifu | 2013/6/3 04:56
写真登録: 坂道 | nishifu
目白新坂130526文京区-目白新坂-坂下P1010099130526文京区-目白新坂-坂上P1010093130526文京区-目白新坂-坂上P1010100
目白新坂(めじろしんざか)

坂学会のWebページによれば、坂の途中、東京都の設置した標識があり、以下の説明が記述されているとのこと。

 この坂より南にある目白坂のいわばバイパスとして、明治20年代の半ば頃新しくつくられた坂で、古い目白坂にたいして目白新坂という。
 明治末に書かれた「新撰東京名所図会」によると「音羽8丁目と同9丁目間より西の方関口台町へ上る坂あり椿坂という、近年開創する所、坂名は椿山の旧跡に因むなり、里俗又新坂ともいへり、道幅広く、傾斜緩なり」とあり、椿坂、新坂ともいう。


別名: 椿坂、新坂
距離: 355m | 高低差: 17.77m
愛称: 椿坂、新坂
東京都 文京区 関口二丁目 3-3
緯度:35.712124 経度:139.729951
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白鷺坂

nishifu | 2013/8/28 06:50
写真登録: 坂道 | nishifu
白鷺坂130721-05-文京区-白鷺坂-坂下P1010605130721-05-文京区-白鷺坂-坂上P1010600
白鷺坂(しらさぎざか)

 大塚三丁目交差点から、千石三丁目交差点に下る長く、幅の広い坂である。
 このあたり一帯は、旧宇和島藩主伊達家の別邸であった。坂下の大塚小学校のプールあたりが庭の池で、庭内の古木老樹に白鷺がすみ、近隣の人は日夜その鳴き声になやまされたという。伊達家の当主は、白鷺に害を加えることとを厳禁していたという。
(中略)
 明治の末にここの道路が整備され、しばらく無名であった。誰からともなく「白鷺坂」とよぶようになった。
『ぶんきょうの坂道』(文京区文京ふるさと歴史館発行、平成25年3月28日改訂版発行(第11刷)より。
距離: 471m | 高低差: 15.63m
東京都 文京区 大塚四丁目 10-8
緯度:35.723453 経度:139.737196
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