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丹波谷坂

nishifu | 2012/5/15 23:58
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120505港区-丹波谷坂-坂下P1060056120505港区-丹波谷坂-坂上P1060046120505港区-丹波谷坂-標識(坂下)P1060057120505港区-丹波谷坂-標識P1060048
 元和年間旗本岡部丹波守の屋敷ができ坂下を丹波谷といった。明治初年この坂を開き、谷の名から坂の名称とした。
平成9年9月 港区(標識より)


距離: 101m | 高低差: 13.69m
東京都 港区 六本木三丁目 6-20
緯度:35.663510 経度:139.735230
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茗荷坂

nishifu | 2012/9/12 19:53
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120808文京区-茗荷坂(北)-坂下P1060575120808文京区-茗荷坂(北)-中腹から坂上方面P1060582120808文京区-茗荷坂(北)-中腹から坂下方面P1060583120808文京区-茗荷坂(北)-坂上P1060584120808文京区-茗荷坂(北)-標識P1060577
茗荷坂
 「茗荷坂は、茗荷谷より小日向の台へのぼる坂なり云々。」と改撰江戸志にはある。これによると拓殖大学正門前から南西に上る坂をさすことになるが、今日では地下鉄茗荷谷駅方面へ上る坂をもいっている。
 茗荷谷をはさんでのことであるので両者とも共通して理解してよいであろう。
 さて、茗荷谷の地名については御府内備考に「……むかし、この所へ多く茗荷を作りしゆえの名なり云々。」とある。
 自然景観と生活環境にちなんだ坂名の一つといえよう。

文京区の標識より。
距離: 206m | 高低差: 8.53m
東京都 文京区 小日向一丁目 26-5
緯度:35.715472 経度:139.737312
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傘谷坂

nishifu | 2013/5/7 06:06
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130105文京区-傘谷坂-北側-坂上P1060752130105文京区-傘谷坂-南側-坂上P1060745130105文京区-傘谷坂-南側坂下から坂上方面P1060749130105文京区-傘谷坂-北側坂下から坂上方面P1060750130105文京区-傘谷坂-標識P1060746
傘谷坂 からかさ(かさ)だに
 傘谷をはさんで、向き合う二つの坂をいう。改撰江戸志という書物によると、傘谷は、金助町(旧町名)の北の方にあって、傘づくりの職人が多く住んでいた窪地である。それで傘谷、傘坂の名がついた。
 金助町に生まれた歌人・岡麓(おかふもと)は、大正12年の大震災で家が焼け、その焼け跡で、
"あさはかに 家居(いえい)移しし 悔心(くいごころ) このやけあとに 立ちて嘆(なげ)かゆ。"とよんだ。

文京区教育委員会の標識(平成3年3月)
距離: 216m | 高低差: 5m
東京都 文京区 本郷三丁目 22-9
緯度:35.705360 経度:139.764533
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樹木谷坂

nishifu | 2013/5/18 06:24
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130105文京区-樹木谷坂-坂下P1060850130105文京区-樹木谷坂-中腹から坂下方面P1060855130105文京区-樹木谷坂-標識P1060854
樹木谷坂 文京区湯島1-7と10の間
 地獄谷坂とも呼ばれている。この坂は、東京医科歯科大学の北側の裏門から、本郷通りを越えて、湯島1丁目7番の東横の道を北へ、新妻恋坂まで下がる坂である。そして、新妻恋坂をはさんで、横見坂に対している。
 『御府内備考』には、「樹木谷3丁目の横小路をいふ」とある。
 尭恵法印(ぎょうけいほういん)の『北国紀行』のなかに「文明19年(1487)正月の末、武蔵野の東の界・・・並びに湯島といふ所あり。古松遥かにめぐりて、しめの内に武蔵のゝ遠望かけたるに、寒村の道すがら野梅盛に薫ず」とある。天神ゆかりの梅の花が咲く湯島神社周辺のようすである。
 徳川家康が江戸入府した当時は、この坂下一帯の谷は、樹木が繁茂していた。その樹木谷に通ずる坂ということで、樹木谷坂の名が生まれた。
 地獄谷坂と呼ばれたのは、その音の訛りである。
 なお、湯島1丁目の地に、明治14年(1881)渡辺辰五郎氏(千葉県長南町出身)が近代的女子技術教育の理想をめざし、和洋裁縫伝習所を創立した。その後、伝習所は現東京家政大学へ発展した。

文京区教育委員会の標識(平成10年3月)より。

別名: 地獄谷坂
距離: 90m | 高低差: 4.81m
愛称: 地獄谷坂
東京都 文京区 湯島一丁目 7
緯度:35.702921 経度:139.765652
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鐙坂

nishifu | 2013/6/1 05:20
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130504大田区-鐙坂-坂下P1070176130504大田区-鐙坂-坂上P1070179130504大田区-鐙坂-標識P1070178
鐙坂(あぶみざか)

 大正末期から始まった耕地整理によって出来た坂道で、もとは狭い農道であった。
坂の名は、伝説によると、梶原景季の愛馬磨墨が、鐙を谷に落としたところという。鐙谷の地名から名づけられたものという。

大田区の標識より。
距離: 151m | 高低差: 7.48m
東京都 大田区 南馬込四丁目 12-11
緯度:35.585545 経度:139.711267
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